いじめ問題 子供たちに伝えたいメッセージは

議長の許可を頂きましたので、通告順に従い、「いじめ問題 子供たちに伝えたいメッセージは」と題し、1問目の一般質問を致します。
 いじめを苦に自殺する青少年が後を絶たちません。原因は友人関係のトラブル、成績不振、暴力、集団での無視など様々な要因が考えられますが、恐らくそれらが幾重にも重なり、結果的に堪えがたい孤独、苦痛からの回避、あるいは、強烈なまでの相手への憎しみからの死の抗議など、深く思いつめた上での最終行為に至ったのであろうと推察されます。したがって、一概にこれが原因であると特定されるようなものではないと思います。
 何時の時代にもいじめはあったのでしょうが、現在ででは、いじめに限らず学級崩壊、不登校児の増加など、一昔前の学校とはかなり状況が異なっているように感じています。
そうした背景には当然家庭の教育力の低下もありますが、そのまた背景には、教師が親、広く大人が子供たちから本質的に信頼され無くなった事にも少なからず要因があると考えます。
恐らく、約60年続けてきた戦後教育のつけが今ごろになって社会全般で表出しているものではないかと思っています。
例えば、長年行われている学校での教科指導には、実体社会とあまりにもかけ離れているといわれています。学年にもよりますが、本来、例えば算数や数学では、方程式や関数がどのように実社会で活かされ、そして、どういったことが研究されているのかを紹介し、学問そのものへの興味を高めていかなくてはならないのに、目前のテストや受験にしか親も生徒も関心が示せない。これにより、子供たちの学問への純粋な好奇心と自分の未来への夢や可能性を考えるきっかけにつながらない。また、平和の大切さ、環境の大切さを教えているといっても、一方で発生する様々な宗教や民族間の対立や差別、既得権益、といった避けては通れない理想実現で苦悩する方々の声などあまり触れられていない。これにより、実社会で生きていく上での生きる力、相手の立場に立って考えるという人間性や社会性、社会規範を真に育むことにつながらない。ゆえに、相手の考えを受け入れる心が育たず、自分さえよければいいとか、自分の思い通りに進まないと、自分のことを棚に上げて直ぐに相手を批判し、自分の責任や役割を投げ出してしまうような自己中心的な人材になりかねないという指摘があります。
 私はいじめ問題の本質はむしろここにあるのではないかと考えています。いじめは必ずどこの社会でもあります。しかし、どのような理由があるにせよ、相手を陥れようとしたり、差別したり、妬んだり、まして、集団で人を苦しめたりすることは、弱い人間のする恥ずべき行為です。しかし、元々強い人間など世の中には殆どいません。誰だって人を恨んだり、妬んだりします。長いものに巻かれたほうが楽です。しかし、そうした弱い心と向き合って絶えず自己反省するというということの大切さを、我々は子供たちにメッセージとして送って送って来たのでしょうか。
こうした問題について集団で考え感じ取る機会の場は学校が以外にはほとんど無いのが現実なのです。しかし、一方で、学校で完璧な指導が出来るかといえば、それもまた不可能な話です。すべては、現場教師に限らず、我々大人が家庭や地域社会で人間性や社会性、社会規範を高めていくために本人が何を心掛け、また、我が子に何を伝えてきたかたかということを自分の責任として冷静に受け止めることから始まると考えます。
なぜなら、少なくとも学校や家庭などで、でそうした人間性や社会性、社会規範を身につける指導を行っても、それを受け入れるかどうかは、親や教師に対して畏敬の念や尊敬をあればこそのはずです。子供は教師や親の言葉ではなく、語る人の背中を見るものだからです。
しかし、そうはいても、現実にいじめが発生している以上、まず、最悪の結果に至らぬように取り組む必要があると考えます。そして、そのためには、学校現場のいじめの状況を可能な限り町民の皆様にお示しして、関係者に理解と協力を求める必要があると考えます。そこで、教育長に次の4点を伺うものであります。
(1)各小中学校でのいじめの実情は把握されていますか。また、その実情が分かりましたらお示しください。
(2)学校および教育機関ではできうる対策はどのようなことでしょうか。
(3)いじめの問題に対して、保護者に何を求めたいと考えているのか。
(4)子供たちに伝えたいメッセージは。
  
再質問(予定)
(1)@問題が発生した学校やクラスでは、校長や担任の人事査定等に影響があり報告を渋るケースがあると聞いているが、我が町の学校にはそうした問題はないのか。―1999年以降いじめ自殺0件報告。しかし、100件以上あったと推計されている―
   A各校でのいじめをどのような方法で発見し、どのような判断の元に、どのような措置を講じているのか。
(2)@町には指導主事がいないが、いじめが発生した時に、その様々なケースに応じて教師が適に指導できる体制か。
   Aいじめがいけないということをどのような方法で生徒たちに指導しているのか。―感じさせること、考えさせること、相手の立場になること。例:杉並区和田中学よのなか課、森本人が指導した第一小学校クラス会イベント福祉指導―
   Bいじめの状況によっては、担任の指導だけでなく、校長の指導、警察の指導も必要ではないか。―いじめるにはリスク意識がない―
   《提言・意見》
教師の自覚。自殺を思いとどまった2例。第五小学校校長の言葉「傍観者が孤独感を一層煽る」教師へ「Iメッセージ」の本を先生方に紹介。
(3)@入学前の保護者の接し方が特に重要である。「家庭で教育せずに子供の教育を人任せにしている親」「忙しいことを理由にして、こどもと会話をしない親」こうしたことから、子供の情操教育、相手の話を聞く態度、自己確立のがなされないという指摘がある。また同時にこうしたことから子供が親や大人に対し、尊敬も畏敬の念を持てない。畏敬とはやさしさの中に凛とした厳しさが備わったもの。(参考:武道の挨拶へのこだわり)未来への希望が持てない。したがってこどもをしっかりと育てたいと願うならば、何を教えるかではなく、親自らが実践することではなくてはならないのでは。
(4)@以上までの質問を総括し質問。森亘からのメッセージと提言。


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