教育基金を創設してはどうか


現在、日本では学力低下や若者の社会性の欠如が問題視されています。確かに、いずれも国益にも係わる重要な問題であり、双方とも最重要課題と受け止め、対策を講じていかねばならなりません。
今日まで、その解決のため、様々な学校教育の分野で施策を展開してきましたが、期待通りの結果をなかなか得られていないのが実情であります。その理由として、専門家の中には「学校教育の問題ばかりではない。そもそも家庭の教育力の不足に本質的な原因がある」と指摘する声がありますが、私もすべてとは言いませんが概ね同様の認識を持っています。
確かに、元々学校は、児童生徒全体で、知識や、社会性を身につける機会を提供する場であります。しかし、いずれも身についたかどうか、あるいは身についたものをどのように活かしているかは本人の興味や意欲の問題であります。従って、何か過不足が生じていると本人あるいは親が判断したのならならば、親が責任を持って我が子に身に付ける機会や活かす機会を提供するのが当然のあるべき姿だと考えます。なぜなら、我が子が成人となるまでに、社会人としての基本的な教養や品格を身に付けさせ、風説や流行に流されるままにならぬように自己の確立した人間に育成することは、親に課せられた最も大切な使命だと私は考えるからであります。
従って、学校や教師に親が何か期待するのは、そもそも、その後の問題であり、少なくとも要求するからには、自らも積極的に参画する心構えがなくてはならないと考えます。
しかし、現実問題、親の教育力の向上はそう期待できるのもではありません。だからといって、国や自治体としても指をくわえて見ている訳にもいきませんから、国は国で、自治体は自治体で現在、学校教育の分野で様々な施策を講じているのが現状であります。
例えば、構造改革特区の導入、少人数学級や習熟度別クラス、あるいは、教員の加配を行ったりというのがその一例でしょう。
しかし、どのような制度を導入しても、ここでも見落としてはならないもう一つの問題があります。身に付けられるかどうか、学んだことをどう活かすかは、何度も言うようですが、子ども達本人の興味や意欲の問題なのです。構造改革特区を導入して個性的な学習を提供したり、少人数学級を行うなどの前に、子ども達に学習の喜びや、興味、意欲、平たく言えば「やる気」を引き出さす「心の育成」が図られなければなりません。この「心の育成」なしに制度のみ改正してもあまり効果は期待できないのではないかと危惧します。
しかし、子ども達の興味や意欲を引き出すために、子ども達が憧れる荒川選手のような金メダリストやメジャーリーガーの松井選手やイチロー選手、また、民間企業の最先端で活躍されている方、国際的に活躍されている方を講師に招いたり、これまで学習した内容を実践の場で体験する機会を提供したり、あるいは、直に最先端の科学技術や最高峰の芸術作品に触れさせるなど、現在の教育システムでは物理的経済的にあるいは教育課呈上、困難なものもあります。
また、一方で、目を見張るほどの優れた能力を有する若者が、その能力をさらに伸ばしたり、人脈を広げる機会が提供できないとすれば、個人だけでなく社会の損失に繋がります。戦前迄であれば、資産家が個人の力量でそうした若者の育成に誰彼なく資金を提供したのでしょうが、残念ながら現在では、そうしたことが行いやすい社会制度にはなっていません。従って、みんなで支え、育成する他ないのが実情です。
以上のような教育環境を現実的に鑑みて、私は、児童生徒の学習意欲の向上や社会性の育成を側面からサポートするために、あるいは、優れた能力を有する児童生徒を町全体でサポートできるように教育基金を創設し、また、その基金の原資として、未だに無料で提供している教職員の校内駐車場を有料化して基金に充当することを提言するものでありますが、町長並びに教育長に所見を伺うものであります。


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